大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)55号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。なお、審決の理由の要点の趣旨が、本願明細書の発明の詳細な説明には当業者が容易にその実施をし得る程度に発明の効果が記載されていないから特許法第三六条第四項に規定する要件を満たしていないとする点にあることも、当事者間に争いがないところである。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いない甲第二号証(特許願書)によれば、本願明細書には本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について左記のような記載があることが認められる(別紙図面参照)。

(一) 技術的課題(目的)

本願発明は、同軸反転式の二個の回転翼を有するヘリコプタの、回転翼に関する(第一頁第一〇行及び第一一行)。

従来知られているヘリコプタのうち、双回転翼式のもの、すなわち二個の回転翼を持ち、各回転翼をそれぞれ反対の方向に回転させることによつて回転翼のトルクの影響を打ち消すものは、更に、回転翼の配置によつて、回転翼が同軸反転式になつているもの、回転翼が異軸反転式であつて機体中心線に対し前後に並んでいるもの、回転翼が異軸反転式であつて機体中心線に対し左右に並んでいるものに分類される(第一頁第一二行ないし第二頁第五行)。このうち同軸反転式の回転翼を有するものは、全長が回転翼の直径だけで決まるため全長を小さくでき、また揚力に関係のない反トルク回転翼を必要としない利点を有するが、回転翼間に乱気流を生ずるため、有効な揚力を得ることが難しい欠点を有していた(第二頁第八行ないし第一三行)。

原告は、同軸反転式の回転翼を有するヘリコプタの実験を行つているうちに、回転翼間の間隔を、接触干渉を生じない限度で、できるだけ狭め、例えばその間隔を平均翼弦長の一・〇倍ないし二・〇倍の範囲に保つことにより、回転翼の回転原動力に対応する揚力を飛躍的に向上し得ることを発見した(第二頁第一四行ないし第二〇行)。

本願発明の目的は、前述の利点を保持しながら、揚力を向上させて前述の欠点を補うことによつて、従来得られなかつた優れた性能、特に、低馬力機関と比較的短い回転翼により、重量物を上揚させる能力を有する同軸反転式の回転翼を有するヘリコプタを提供することにある(第三頁第一行ないし第六行)。

(二) 構成

本願発明の構成は、その特許請求の範囲に記載されているとおりであるが、その実施例を別紙図面に基づいて説明すると、別紙図面は本願発明を実施した一人乗りヘリコプタの概念図であつて、同軸反転式の回転翼1及び2を有し、上側に位置する回転翼1は軸4に装着されており、下側に位置する回転翼2は軸4(「軸3」とあるのは、「軸4」の誤記と認められる。)と同軸の中空軸6に装着されている(第三頁第七行ないし第一三行)。軸4(「軸3」とあるのは、「軸4」の誤記と認められる。)及び中空軸6は、それぞれ逆方向に回転する反転駆動装置7の構成部材に連結されているので、回転翼1及び回転翼2は、それぞれ反対方向に回転するように駆動される。上側に位置する回転翼1と下側に位置する回転翼2との間隔Dは、飛行中の回転翼の変形による両回転翼の衝突が生じない範囲で、できるだけ狭く(でき得れば平均翼弦長の約一・五倍前後に)設定される(第五頁第一〇行ないし第一八行)。

(三) 作用効果

前記のような回転翼の間隔の設定によつて、比較的低馬力の原動力機関で、極めて大きな揚力が得られる(第五頁第一八行ないし第六頁第一行)。

回転翼間の間隔Dを、図示のように狭く設定すると、揚力が飛躍的に向上することは、次に述べるような実験によつて発見されたものである。梯子状の支持装置を、地上に、その中央部でシーソー式に支持し、その一端に、図示実施例の構成要素1ないし6を組み付けた反転駆動装置7を成す遊星歯車装置に、クラツチ9を含む内燃機関を直接取り付けた組立体を揺動自在に支持し、右支持装置の他端に、釣合い重りを付けて、前記梯子状支持装置を水平になるように調節した。使用した回転翼1、2は、平均翼弦長三〇cm、直径二・四mの同軸反転二翼式のものであり、二五〇cc一五馬力の内燃機関を毎分二二〇〇回転させ、減速歯車装置7により、両回転翼を、各々、毎分一一〇〇回転で、反対方向に回転させた。揚力を測定するため、前述の組立体の下部に重りを付け、その重量を調節して、支持装置を水平に保つようにした。最初、間隔Dを一〇〇〇mmとして実験したが、わずかの揚力しか得られなかつた。次第に間隔Dを狭めて実験を行ううちに、間隔Dを平均翼弦長の二倍以下とした場合、特に一・五倍前後の場合に、揚力の著しい向上が現れ、間隔Dを一五〇mmにした場合には、実に三五〇kgの重りを持ち上げることができた。わずか一五馬力の原動機を使用して、このように大きな揚力が得られたことは、全く予想外の現象で、地面効果を考慮しても、画期的な揚力の向上を実現したものといい得る。なぜこのような揚力の向上が得られたか、理論的には十分に解明されていないが、上部回転翼によつて生じた後流が、乱れることなく、直接、下部回転翼に作用するためと思われる(第六頁第七行ないし第七頁第一六行)。

2 右認定のように、同軸反転式の回転翼を有するヘリコプタは、本件特許出願前に周知のものである。そして、同軸反転式ヘリコプタの設計に当たつては、二個の回転翼の間隔に適当な数値を与えなければならないが、その数値をどのように設定するかは、当業者が、技術水準に基づいて、必要があれば実験を反復することによつて、適宜に選択すべき事項ということができる。右のとおり、本願発明は、周知のものに新たな構成要件を付加したものではなく、また周知のものと異なる技術的課題を有するものでもなく、要するに周知のものの構成要件の数値を一定範囲に限定した発明にほかならない。

ところで、本願発明が対象とするヘリコプタは人が乗つて航空の用に供するものであるから、その構造が安全を確保するに足るものでなければ、当業者において容易にその実施をすることができるということはできない。審決の理由が、本件出願は特許法第三六条第四項に規定する要件を満たしていないとしたのは、このことを説示した趣旨であると解するのが相当である。

そこで検討するに、同軸反転式ヘリコプタの従来技術においては「上下翼間の間隔を翼幅の五倍以上にとることが常識」とされており、その理由が「上下翼間の間隔をあまり近付ける(中略)と翼の末端の「しない」または「たわみ」現象による干渉、接触、破壊を招き危険である」点にあることは、原告も自認するところである(成立に争いない甲第六号証(審判請求理由補充書)第三頁第一行ないし第六行)。しかるに、本願発明は、両回転翼の間隔(正確には、上側に位置する回転翼の下端と下側に位置する回転翼の上端との間隔)が「両回転翼の平均翼弦長の二倍以下」であることを特徴とするのであるが、右は、航空の安全を考慮した前記技術常識の数値の半分にも満たず、従来技術からは到底予測し難い数値であるから、本願発明を実施した場合の安全性は、当業者ならずとも危惧するのが当然である。したがつて、本願発明を当業者が容易に実施し得るとするためには、(本願発明が両回転翼の間隔の下限を全く要旨としていないことの問題点はさておくとしても)少なくとも、本願発明が上限としている「両回転翼の平均翼弦長の二倍」の間隔が、両回転翼の「干渉、接触、破壊」を絶対に生せず安全が確保されている領域であることの論証が不可欠の前提となることは明らかである。

ところが、前掲甲第二号証及び第六号証、並びに成立に争いない甲第四号証(意見書)、第七号証の一ないし三(試験成績書)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明はもとより、原告が審判手続において援用した文書においても右の点の論証は全くなされていないのであるから、本願明細書は当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の効果を記載していないとの結論は避け難いといわねばならない。念のため付言するに、前掲各証拠には小型モデルによる実験結果が数例記載されているが、各実験において両回転翼の「干渉、接触、破壊」が絶対に生じなかつたのか否かは明らかにされていないし、仮にそのような小型モデルによる実験において両回転翼の「干渉、接触、破壊」が生じなかつたとしても、そのことをもつて直ちに実機における安全性の論証とするのは早計というべきである。

この点について、原告は、従来技術より短い回転翼を採用すること、あるいは回転翼の幅を広くすることによつて、両回転翼の間隔がその「平均翼弦長の二倍以下」との要件を満たしながら安全な領域を設定し得ると主張するが、およそ人が乗つて航空の用に供することができる揚力を得るためには回転翼が相応の長さを要すること、及び、従来技術においては数十センチメートルである回転翼の幅を広くすることには技術的な限界があることは自明の事項であるから、原告の右主張も本願発明の安全性の論証とはなり得ない。なお、原告は、本願発明のヘリコプタは機体全体を揺動させる構造のものであることを前提としてその安全性を主張しているが、右は、本願発明の要旨に基づかない主張であつて、失当である。

3 以上のとおりであるから、原査定の拒絶理由(すなわち、特許法第三六条第四項に規定する要件を満たしていない。)はなお解消したものとは認められないとした審決の判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の主張は理由がないからこれを棄却することとする。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

同軸反転式の二個の回転翼を有し、上側に位置する回転翼の下端と、下側に位置する回転翼の上端との間隔が、両回転翼の平均翼弦長の二倍以下であることを特徴とする、ヘリコプタ。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!